モノローグ:TCRの再構成


 今回の話で出てくる「TCRの再構成」は、「免疫」という仕組みに関連する言葉です。免疫の話は、インフルエンザの話を書いた時に詳しく説明してしまったので、再度は書きません。

 
 これを解りやすくするための概念は、洋服の縫製です。

 洋服は、一定の幅の生地から布を切り取り、縫い合わせて作られます。作られた洋服は、もともとの生地よりも小さなものになり、切り取られた部分は洋服とは別に扱われ、洋服を購入した人の手には渡りません。最初の生地が600gだったとして、出来上がった洋服が550gになっているなら、少なくとも(ボタンや裏地などが考慮されるべきなので)50gの生地が、切れ端(端切)という形で残った事になります。

 さて、その洋服だけから「手提げバッグを作る」場合、洋服の全部を使ったとしても出来上がるバッグは550gにしかならないわけです。端切れの部分が減っていますから。洋服を購入した人が、切り取られてしまった布地を使ってバッグを作ることは不可能です。


 今回の話で重要な役割を割り当てられている、免疫をつかさどる細胞の一つである「T細胞」は、一つの外敵だけに対応するように変化した細胞、つまり「洋服として作られた後の生地」です。「TCRの再構成」というのは、「遺伝情報の一部が切り取られている」事を示している言葉です。
 
 STAP細胞が、小保方さんが主張する様に「T細胞が変化した細胞」なら、それは「TCR領域の遺伝情報が切り取られた事がはっきりと残っている」細胞でなければなりません。でも、それは小保方さんが「STAP」と称したいろいろな細胞のデータのどこからも見つかりませんでした。


 「TCRの再構成」が見られたというのは、若山さんにとって、自分の足元の地面のようなものだったのでしょう。作成した『STAP幹細胞』でTCRの再構成が見られた、という事は、それが間違いなくT細胞が変化した細胞だ、という事を証明します。それは揺るぎない自信を与えるものだったはずです。


 では、有もしなかった「TCRの再構成」が見られた、と若山さんに語った共同研究者は誰でしょう? 存在していない事実によって自分の主張が真実だ、という論文を書いたのは誰でしょう? 嘘によって、共同研究者、信頼すべき同僚をだまし続けたのは誰でしょう?

 それがはっきりした時、自分の利益の為に、相手を騙したのが誰なのかが判明します。 信頼の上に存在する共同体では、その人間は二度と誰からも受け入れられないでしょう。科学の共同体ばかりでなく。


 逆に、だからこそ、長い時間を使って自分の所属する共同体の仲間たちの信頼を勝ち取ってきた人たちは、称賛されるべきだと考えます。それは、この後の話で、はっきりします。