モノローグ:科学の話

「科学の話」

 では、もうひとつの側面、そこに存在する情報が「興味深い事例」である為に、何が必要だったのかという部分はどうでしょう?

 とても残念な事なのですが、科学の話が大きな注目を集める事は、あまり多くはありません。(集めている場合でも『30分間のシンデレラ』タイプの移り気な注目でしかなかったりします。) でも。今回の場合は、『STAP』に対する注目度がそもそも高かった、という事実が存在します。

 じゃあ『STAP』が注目されているキーワードだったから、情報が広がったんじゃないの? という話になりそうですが、実はそうではありません。何しろ、STAPに関する記事は質量ともに様々なレベルで、既に大量に存在していたのですから。その状態で、さほど注目されていない場所に、誰かが記事を書いたとしても、そう簡単に情報拡散が始まるわけはないのです。実際、その時点までに行われていた「/.J」での議論が、大きな関心を集めていた様子は見られません。まあ「俺には生物学はわからん」が参加者のほとんど全てなのですから、当然でしょうか。


「ロジック」と「信頼」と

 でも、kahoさんの記事が現れて以降の流れを追ってみると、どうも今回はkahoさんのベースキャンプが「/.J」だった事が、拡散の初期段階で大きく影響している様に思えます。

 「/.J」は「生物学は解らん」という人たちが参加者の大部分を占めている場所です。事例として私の場合を白状します。「えっ! 犬とオオカミって同じ生物種なんですか?」でその場を静まり返らせたり、マウスが頭の中でねずみに変換されて「ネズミ捕り・ネコいらず、駆除」の三点セットが浮かんだりしました ・・・ 大丈夫です。その後厳しい指導の下、研鑽をつみましたから。

 kahoさんの場合には、そういう人達を相手に、長期間、辛抱強く理解しやすい言葉を選んで説明する、という訓練を積んでいた事、その結果として「kahoさんは難しい事をいつも解りやすく説明してくれる、信頼できる人」という認識が「/.J」で広く共有されていた事実があります。また、「日記」で話している相手は基本的に「/.J」のメンバーだ、という無意識の選択が彼の中にあった為、「普通の人が頑張ればなんとか理解できる」レベルで、「ちょっと聞いてくれよ!! 俺、激オコ状態!!」記事が書かれた事も、大きなプラス要因だったと考えられます。

 「/.日記」は、「/.J」というニュースサイトで第一選択として多くの人の目に触れる「ニュース」ではありません。あくまで個人の日記です。また、個人的な関心事項として「kahoさんの/.日記」をWatchしていた、もしくはサイトが提供する「個人日記を含む最新の記事目次のタイムライン」をWatchしていてkaho日記を見つけた「/.J」のメンバー、つまり最初にその記事を読んだ人達は、生物学の専門知識という面ではいささか心もとない人達だったはずです。(そもそも、kahoさんのほとんど更新されない状態だった「/.日記」をWatchしていた外部の人が多数存在していた、などという状況は考えづらいです。)

 最初から専門性がより高い話を書いていたら、それを読んだ人達が理解できたとは思えません。むしろ、途中で「わからん・・・」と読むのをやめる人が多かった可能性が高い。そういう意味でも、最初の記事についての(激オコなので無意識かもしれない)kahoさんの状況判断は、とても適切だったと思います。



 また、kahoさんが「/.J」の人だった事には、ボーナス・ポイントもついていそうです。なぜなら、コンピューターを扱えるという事は、自分の知識の外縁部の話でも、一定のレベルで論理的な判断が可能だという事を意味しますから。扱う事象に対する論理的な解析ができないなら ・・・ そういう人間が作った製品は怖くて使えません。kahoさんの記事は、それが書かれたサイトによってはそのまま埋もれてしまったかもしれなかった、論理による説得がおこなわれています。

 「STAP細胞非実在について」というkahoさんの記事は、必要十分なだけ、「たしかにそれは変だよね」を提示しました。また、彼が義憤によって「組織の判断の理不尽さ、不誠実さへの異議申し立て」を行った相手は、彼が時間をかけて信頼を勝ち取った仲間達だったのです。記事を読んだ人達が情報拡散を始めるのに、それは十分なものだったと考えられます。私が書いていた頃にそれを見つけていたら、やはり全力で拡散を始めていたでしょう。


「よくわからない」を越えて

 いつの時も、興味深い科学記事はたくさんあります。でも、「難しすぎて、意味がさっぱり解らない!」という反応がほとんどなのです。加えて、何か特定の事を詳しく説明する事は容易ですが、全ての人が同じ話に興味を示すというわけではありません。「その類の話には興味ない」で、話が終わってしまいかねませんよね。だから、なるべく幅広い分野の多くの話を、出来る限り内容を変えずに、より身近な解りやすい言葉に置き換えて説明する事が必要なのですが、言うは易しです。

 この騒ぎが落ち着いた後、kahoさんの名前は日本の科学の黒歴史の中の「明るい側面」として残る事になるのだろうけれど、大変ですね。でも、今回作られたネットワークは素敵なものだし、なんなら、出戻りすればいい。いかトン、なんだから。